翻訳と辞書
Words near each other
・ ケネディ橋 (ニアメ)
・ ケネディ空港着陸不能
・ ケネディ行政大学院
・ ケネディ郡 (テキサス州)
・ ケネディ騎士団
・ ケネディ=フルシチョフ会談
・ ケネト・アンデション
・ ケネト・ゾホレ
・ ケネト・フェルメール
・ ケネニサ・ベケレ
ケネバンク (メイン州)
・ ケネベック川
・ ケネベック郡 (メイン州)
・ ケネポリス
・ ケネマ
・ ケネルクラブ
・ ケネン
・ ケネー
・ ケネーズ・ヘカ・エテルカ
・ ケノサイト


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ケネバンク (メイン州) : ウィキペディア日本語版
ケネバンク (メイン州)

ケネバンク(、 または )は、アメリカ合衆国メイン州ヨーク郡に属する町である。2010年国勢調査では人口10,798 人だった。南東のメイン湾岸にケネバンクポートがあるが別の町である。町域にも幾つか海浜があり、その他レイチェル・カーソン国定野生生物保護区、1799年建設のケネバンク・イン、多くの歴史的造船業者の家、および1,500エーカー (6 km²) の自然トレイルとブルーベリー畑があるネイチャー・コンサーバンシーのブルーベリー・バーレンズ(地元ではブルーベリー・プレーンズと呼ばれる)がある。
== 歴史 ==
ケネバンクとなった地域はまず1621年に入植され、貿易の町として後には造船と軽工業製品の出荷拠点として発展した。1820年までウェルズの町に属していたが、この年に別の町として法人化された。「ケネバンク、この名前が付いた世界で唯一の町」という標語が、アメリカ国道1号線沿いケスレン靴工場に付けられた、地元では有名な看板に大きく書かれた。アベナキ族インディアンの言葉でケネバンクは「長く切られた堤」を意味し、ケネバンク海浜の背後にある長い堤を指していると考えられる。ケネバンクの海岸線は大きく3つの部分に分けられる。マザーズビーチ、ミドルビーチまたはロッキービーチ、グーチズビーチまたはロングビーチの3つである。ケネバンクビーチとは別にパーソンズビーチがあり、夏の賑わいとは無縁な静かさがある。「マザーズビーチ」という名前には地元で幾らか議論がある。地元住民の多くに拠れば、主要な3つの海浜の中で一番小さなこのビーチはビーチ・アベニューとリッジ・アベニューの交差点にあり、公式にはケネバンクビーチあるいはブースビービーチである。ブースビービーチという言葉は1730年代半ばにメイベル・リトルフィールドがリチャード・ブースビーと結婚し、ブースビービーチと呼ばれるようになる場所近くの土地に入植したことからきている。ブースビー家に関する情報は、「オールド・ニューズ・フロム・サザン・メイン」から、シャロン・カミンズによるメイベルとリチャード・ブロスビーに関する記事から採られた。今日のケネバンク出身者の多くはブースビービーチと呼ばれていたことを忘れており、長い間にケネバンクビーチあるいはマザーズビーチと呼ばれるようになった。古い住人はディプシー・バス・ビーチという名前も憶えており、以前にそこにあった鉱泉に由来している。マザーズビーチという呼び方は1980年代まで広がっていなかった。地元住人の中にはその年代について異論があり、1950年代後半には「マザーズビーチ」と呼ばれていたことを覚えていると言っている。その名称は、この海浜が小さく概して穏やかであること、また大洋の下と上に岩があることから泳ぐ人にとって安全な自然の待避所にしたことで、母親が子供たちに目を配ることができると人気が出たために変わって来た可能性がある。その名称は公式のものよりはっきりと叙述的であり、最近設置された道路標識には「マザーズビーチ」に行く方向を示すものもある。上記のような海浜の名前とは対照的に、町のウェブサイトでは「許可はグーチズビーチ、ケネバンクビーチ(ミドルビーチ)、マザーズビーチで有効」と表示している〔http://www.kennebunkmaine.us/index.aspx?NID=308〕。さらに公共の駐車場の無いリビーズビーチとクレセントビーチが、パーソンズビーチとマザーズビーチの間のケネバンク町内にある。
19世紀と20世紀初期、多くの工業資本がケネバンクのムーサム川に惹きつけられ、その工場に動機を提供した。ここで事業をやる会社の中に、ケネバンク製造会社、ムーサム製造会社、レザーロイド会社、ロジャーズ繊維会社があった。
ケネバンクは夏の人気ある観光地である。町には初期の建築物の例があり、最も著名なのはウェディングケーキ・ハウス、があり、連邦様式の住居に糸鋸で切られたゴシック装飾がある。これはジョージ・ワシントン・バーンがその晩年に、長年連れ添った妻のために家に着け加えられたものであり、伝説にあるような船の船長が海で失われた若い花嫁のために行ったものではない。地元経済は観光に基づいている。自然健康食品の製造者トムズ・オブ・メインの本社が町内にある。町の公文書保管所は、メインストリート沿いの地元歴史と芸術のセンターであるブリックストア博物館にある。多くの住人がポートランド市ニューハンプシャー州マサチューセッツ州に通勤している〔
〕。
ラファイエットの楡の木は1825年にラファイエット侯爵がケネバンクを訪問したことを記念して植樹された木である。その樹齢、大きさ、さらにケネバンクの街路樹になっていた数百本の楡の木を死なせたオランダ・ニレ病にも生き残ったことで有名になった。この楡の木は町の紋章にも描かれている。ケスレン靴工場が改修されてラファイエット・センターと改名された。州内でも最古クラスの銀行であるオーシャン銀行(1854年設立)とケネバンク貯蓄銀行(1871年設立)の2つも残っている。メイン州にあるこれより古い銀行としては、ソコー・アンド・ビデフォード貯蓄銀行(1827年設立)とバンゴー貯蓄銀行(1852年設立)があるのみである。サマー通りがメイン州では最初の歴史地区となり、アメリカ合衆国国家歴史登録財に指定された。

ファイル:AWikiElmA.jpg|ラファイエットの楡の木
ファイル:View of Kennebunk Beach, ME.jpg|ケネバンクビーチ、1905年
ファイル:Old Storer Mansion, Kennebunk, ME.jpg|ストーラー邸宅、1909年
ファイル:Lexington Elms, Kennebunk, ME.jpg|レキシントン楡の木、1908年


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ケネバンク (メイン州)」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.